2012年01月16日

紀勢線紀伊佐野駅

 おはようございます、結局2日間走り回っていた奥野君です。皆様ごめんなさい〜〜 で、行き先は紀伊半島。鵜殿も行きましたが、まだ整理がついていないので後日ということで。

 ということで、紀勢線紀伊佐野駅。 T製紙 0.4km

●撮影日 2011年11月5日

 佐野は
現役時代も撮った専用線。
で、この駅は線路がサビサビ。まだ紀勢線の新宮側が全通していないころでした。
専用線跡には家が立ち並び、
踏切はこんな状態。
そして荷扱いの建て屋は消え失せ、
後ろの広大な工場は商業施設に。まあ平野の少ない紀伊半島ですが、ここまできれいに再開発されるとは思いませんでしたです。
 で、今日の建物・・

 ではでは、今日は当直ですが、明日はおとなしくしているのでアップできますね。


同じカテゴリー(天鉄局貨物取扱駅)の記事画像
南海紀伊清水駅
南海学文路駅
和歌山線妙寺駅国鉄砂利側線
和歌山線妙寺駅砂利トロッコ線
有田鉄道廃線跡2
有田鉄道廃線跡1
同じカテゴリー(天鉄局貨物取扱駅)の記事
 南海紀伊清水駅 (2017-03-08 21:00)
 南海学文路駅 (2017-03-02 06:15)
 和歌山線妙寺駅国鉄砂利側線 (2016-12-14 13:00)
 和歌山線妙寺駅砂利トロッコ線 (2016-12-13 18:17)
 有田鉄道廃線跡2 (2016-10-19 19:27)
 有田鉄道廃線跡1 (2016-10-18 22:20)

この記事へのコメント
 奥野さん、遠征お疲れ様でした。また、昨年はお世話になりました。本年も宜しくお願い申し上げます。
 さてさて、昨年末、ハロー○ティー和歌山号の撮影で(-.-;)…、実は再び和歌山にお邪魔していたのですが…、その際、当所を覗きまして、びっくらこんでした。かつての面影は、ほんの一部しか残っていませんね。
(-o-)…
 当線の現役時代は、私も奥野さんとほぼ同じ頃に訪問したことがあり、1度目は日輸と協三DB102、2度目は元JRの半キャブ機が3台(内1台は側線奥でシート被り)、貨車はワムという時代で、奥野さんの過去記事2回とほぼ同じ内容でした。
 1度目の訪問時は、駅へとワムを押し出す際、ワムをどう動かしたのか、あまり覚えていないのですが、確か、日輸の隣線に止まっていたワムを駅方へと動かし、惰性走行のワムがポイントを通過したのを見計らって、ポイントを切り換え、日輸がワムを後追い、そのまま連結し、そのまま駅へと押し出すという様なことをやっていたと記憶しております。
 隣線のワムをどうやって動かしたのかが、今もって疑問なのですが、日輸が最初に動いてから、すぐに一旦停止した際、鉄の棒か何かがガシャーンと落下した様な記憶がありますので、もしかしますと、日輸からワムに鉄の棒か何かを引っ掛けて、ワムを動かしたのかも知れません。(?)
 しかし、ここの日輸には、車体に鉄の棒を引っ掛けたり、入れたりする部分がある様には見受けられませんでしたので、どの様なシステムだったのか、今もって謎です。(記憶違いならば、すみません。)
 ちなみに、この時、側線の一番奥にいた協三DB102は、使われなかったと思います。う~ん…。夢かな?(コラコラ。)
 また、近所の鵜殿では、加藤19t機によるワムの逆突放(ひき離し・ひき逃げ)を目撃しました記憶があります。
 これも、コキ100系に変わってから、コキ100系が突放禁止ですので、無くなったのだろうと思います。
 どちらの作業も、20年以上前の遠い記憶の彼方ですので、記憶違いがあればすみません。今でも残っていれば、鉄道無形文化財?ですね。
 今が昔ならば、奥野さんがビデオで、全てのシーンを撮ってくれているだろうになぁ、と少し残念に思ったりもします。
 でわでわ。
Posted by 頑張れ奥野君 at 2015年01月16日 19:15
 頑張れ奥野君さん、遅くなりまして~~
 昨日はお風呂の中でアップしていないことに気づいたもので、風邪をひきそうだったのでさぼりました~~
 ほんとびっくりですね。奥野君が行った時は突放的なことはやっていなかったような。鵜殿も記憶がありません~~ ビデオには撮りましたが(笑)。あそこはJR東海管内なのでさせてもらえないような気がしますが、まあ専用線内ですからね。
 ではでは。
Posted by 奥野君 at 2015年01月18日 07:13
私も子供の頃に〇〇放はよく見かけました。突放は当たり前、積荷はあえて書きませんが黄色いタンク車もぶっ飛んでいるのを鮮明に覚えております(笑)。頑張れ奥野君さんが仰る「逆突放」は「引きっ放(ひきっぽう)」と言って、こちらも時々見かけました。10トン動車に誘導担当6~7人がウエイトとして乗せられどんどん加速。ポイントを過ぎて数量の貨車が続いた後、急減速して急加速。突然編成が途中で切れる~。そこには別の誘導員がぶら下がっていて、となりの線に突っ込んで行くって作業でした。突放よりは見かける回数は少なく、見かけた日は得した気分でした(笑)。もう一つ、確かに棒を使って貨車をとなりの線に押し込むってのもありましたね。動車が推進で貨車を押し込む際、必要な貨車がポイントを通過した時点でテコを転換させ、角棒で貨車を押しながら動車と別の貨車は隣の線に進んで行く・・・。棒が落下する頃には車両限界を超えており、接触する心配もない。突放するには奥行きがない場合なんかに使った方法のようです。すべて小学生低学年の頃の話で写真はなく、もったいないです~。今の世の中、記憶をプリントアウトできる技術が出てきてほしいものです~。長文失礼いたしました。
Posted by 引きっ放ワンマンカー at 2015年01月19日 12:58
 引きっ放ワンマンカーさん、こちらでもこんばんは~~
 あらら、いろんな入換えがあったのですね。「逆突放」と「手押し」は見たことがありますが、なぜか奥野君の住んでいたのは私鉄沿線ばかりだったもので、うらやましいです・・
 記憶プリント技術、欲しいですね。ウェラブル?端末はプライバシー問題で販売終了したようで。記憶プリント技術があったらえらいことになっているのだろうな(笑)。
 ではでは。
Posted by 奥野君 at 2015年01月19日 21:22
 奥野さん、当直お疲れ様でした。
 JR東海管内は、やはり厳しいですか。鵜殿の逆突放は、専用線の工場側でしたので、問題無かったのでしょうね。
 JR西管内でも、伯耆大山では、奥野さんの過去記事を見ておりますと、日通動車が駅の東側まで出ておりましたが、今は西側までしか出てきませんし、制約が厳しくなったのでしょうね。
 また高月でも、奥野さんの過去記事通り、動車が少しだけ北陸本線上を走行していた位ですので、時代ですね。
 ワンマンカーさん、誠にありがとうございました。
 前回、当方のコメントは、考えれば考える程に記憶が曖昧となり、何度もコメントを出すのを止めようと断念しておりました。しかし、思い切って出してみて良かったです。ありがとうございました。
 いや~、「棒」が夢でなくて良かった~~。ワンマンカーさんが見られた「棒」を使っての入換は、貨車を1線から2線に分ける時の様ですね。私の場合は、2線から1線で、逆のパターンでした。紀伊佐野の専用線は、工場側では、機回しが出来る構造でしたが、専用線が小規模なこともあってか、この時は、奥の方までワムが詰まっておりましたので、この様な特殊な入換がなされていたのだと思われます。
 その後の半キャブ時代には、もしかしますと、入換方法も変わっていたかも知れません。
 しかし、「鉄の棒か何か」とは書きましたものの、実際、どの様な棒であったのか等は、ハッキリとは覚えておらず、車体のどこに引っ掛けていたのかも覚えておりません。ワンマンカーさんが「角棒」と書かれておられるのを見て、角棒に思えてきた様な記憶の曖昧さですので。
 いや~、しかし、ありがとうございました。この様な入換を、小学生低学年から見ておられたとは、かなりディープな神童ですねぇ。驚きです。
 「引きっ放」という言葉も初めて知りました。動車にウェイト代わりの係員も笑えますね。ありがとうございました。
 これらの職人芸的な入換作業を記録した方がおられれば良いのですが…。
 あと、専用線での面白い入換には、動車の前後に貨車を連結した入換も見られましたが、奥野さんの南延岡記事中の社長さんのコメントでは、南延岡や製鉄所でもあるようですね。私が覚えておりますのは、益田でした。手押しは本輪西で見ました。
 今回も長くなりまして、すみませんでした。でわでわ。
Posted by 頑張れ奥野君 at 2015年01月21日 23:26
  頑張れ奥野君さん、おはようございます~~
 なかなかのまとめ記事?、ありがとうございます~~
 入換え方法を推測するのも、専用線撮影のだいご味ですね。どうも通過していくのは愛想がなくて・・
 動車の前後に貨車がくっついているのは、渋川でも見ましたよ。あそこは素人が推測するのは無理なほど複雑な入換えでした。なつかしいなぁ・・
 ではでは。
Posted by 奥野君 at 2015年01月22日 07:28
私が動車の前後に貨車・・・を見たのは、新興の内外輸送と矢板です。残念ながら内外輸送はタンク車に挟まれた日車10トンが止まって居るのを見ただけで稼働シーンまでは見てません。もう少し待っていれば間違いなく動いたのですが、当時は遠目でも撮影できたらハイ、サヨウナラでしたので、今思えばもったいなかったな~っと後悔してます。矢板の方はタバコ倉庫の空コキの引き出しがあった時、駅構内の配線の都合でコキを留置しきれず、コキとセメントタキに挟まれて動車が苦しんでおりました。当日は日立15トンが故障してしまい、予備のボロボロ半キャブが稼働。作業員さん達が「こいつチカラ無い~。動かね~」とボヤいてました。駅から倉庫に向かって緩い登り勾配、その勾配を重いコキ2車を押しながらセメント満載のホキ4車を引いて来る10トン。今思い出しても笑えます~。
Posted by 神童ワンマンカー at 2015年01月23日 15:05
 神童ワンマンカーさん、おはようございます~~
 なんと矢板でも~~ 半キャブ君にとってはそれはきついでしょうね。今回ワールドから出た半キャブ君も勾配になると大変そうです~~(関係ないか)。でも矢板タバコ、行きたかったな・・ 奥野君が存在を知ったのは廃止されてからでした・・ 矢板セメントにはいったんだけど気づきませんでしたです。
 ではでは。
Posted by 奥野君 at 2015年01月24日 06:30
ワールドの10トンは私も買いました。元々模型には興味が薄い人間ながらこれは別でした(笑)。これを買った人は通運会社の黄色や貨物鉄道会社の赤に塗るのが圧倒的でしょうから、紀伊佐野(鵜殿)色にしようと思ったのですが、あまりにマニアックだな~って事で中止。考えた末、ウケ狙いもあって通運会社の黄色を塗り、放置されたズダボロサビサビ状態に塗りました。後継機の登場によって使われなくなり、専用線の奥の奥、線路末端でひっそり置かれている「動いていない動車」がイメージです。専用線があちらこちらに存在していた頃、時々列車の窓から見えたりして「う~、あれも撮りて~」なんて事がありました。もう遠い昔ですね・・・(涙)。
Posted by ズダボロワンマンカー at 2015年01月26日 17:48
 奥野さん、ワンマンカーさん、ありがとうございました。
 改めて奥野さんの渋川や矢板の過去記事を拝見致しますと…、日通色の半キャブ…、今見ますとシブいですねえ~~。昔は半キャブやJR動車は、あまりパッとしませんでしたが…。今では罰が当たりますね。
 さてさて…、矢板の苦闘している半キャブ君…、見たかったですね。日立君の朝のセメント引き込み・コキ押し込みには、遭遇出来たのですが。
 渋川は動車を撮影して満足しただけで終わりました。ダメダメですねえ。
 動車の両側に貨車を連結した入換の撮影は…、奥野さんに南延岡で頑張って戴きましょう。(!?)
 でわでわ。
Posted by 頑張れ奥野君 at 2015年01月28日 18:34
 頑張れ奥野君さん、遅くなりまして~~
 そうなんです。奥野君も半キャブが出てくるとがっかり。花巻空港で無理やり一泊して出てきたのが半キャブだった時は倒れそうになりました(笑)。でももう現役はほとんどないですね。二塚も出てこなくなったし・・
 南延岡~~ なんか南延岡は社長さんの運に負けてます~~ まあ社長さんほどの行動力はないのでしかたないかな?(爆)。
 ではでは。
Posted by 奥野君 at 2015年02月01日 07:32
 ズダボロワンマンカーさん、遅くなりまして~~
 あらら、ワールドは本気で貨車を引っ張ってくれるので楽しみにしています。
 紀伊佐野色~~ 日車25トンはショー用の完成品で二塚色がありましたよ~~ もちろん奥野君は仲間からの電話でゲット~~ 
 でも半キャブが引退した後の新車はどうするのですか?(笑)。
 ではでは。
Posted by 奥野君 at 2015年02月01日 07:37
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。