2012年01月27日

参宮線宮川駅

 おはようございます、、またまた寝られなかった奥野君です。なんか交互に来ますね。

 ということで、参宮線宮川駅 Oセメント0.6km Y(繊維)0.2km。

●撮影日 2012年1月15日

 ここは
駅の
両側に
怪しげ地帯が。
まずは鳥羽側。
ここは引き上げ線らしき廃線跡が。
その先にはセメント施設がありますが、これは違いますね。
そして多気側には保線区と後ろに工場~~ 
工場は盛業中のようですね。でもOセメントはどこにあったんだろ・・

 ではでは、明日はお出かけ〜〜でお休みです。


同じカテゴリー(天鉄局貨物取扱駅)の記事画像
近鉄吉野線下市口駅2
有田鉄道湯浅海岸廃線跡
近鉄吉野線下市口駅1
近鉄南大阪線御所駅
近鉄南大阪線盤城駅
近鉄南大阪線二上山駅
同じカテゴリー(天鉄局貨物取扱駅)の記事
 近鉄吉野線下市口駅2 (2017-08-23 14:39)
 有田鉄道湯浅海岸廃線跡 (2017-08-22 12:04)
 近鉄吉野線下市口駅1 (2017-08-19 20:18)
 近鉄南大阪線御所駅 (2017-08-18 18:54)
 近鉄南大阪線盤城駅 (2017-08-17 16:29)
 近鉄南大阪線二上山駅 (2017-08-16 15:01)

この記事へのコメント
前略
奥野様、oセメントは、写真の施設そのものです。
参宮線と並行して、鳥羽方面に向かって、専用線が敷設してありました。
SWは、20トン機くらいだったでしょうか?記憶に残っています。
四日市ほどのセメント扱い量ではなかったので、伊勢市までの「貨物列車」に組み込まれた貨車がありました。

Y(ユニチカ)は、駅の北西の「のこぎり状」の屋根のある施設です。
ここにも、10トン級のSWがいたように記憶しています。
先日、30年ぶりくらいに「宮川駅」の近くを車で通ったら、Y社工場は、住宅地になっていて、目を見張りました。
でも、「のこぎり状」の屋根のある施設が一部残っていたので、少しは操業しているのかな?と思いました。

これらのことは、「時の鉄路」の「第2話」に出ています。
「大泊駅」のセメント列車の時刻表についても、同様です。
Posted by DD511805 at 2012年01月27日 11:49
前略
OセメントのSWは、25トン機でした。
失礼しました。
早々
Posted by DD511805 at 2012年01月27日 11:54
前略
Oセメントは、参宮線の南に並行して、専用線が、設けられていました。
そして、奥野さんの写真のところまで、通じていました。
ここは、レミコンではなく、バラ(粉)セメントを取り扱っていました。
レミコンは、当時の国鉄には、対応する貨車はなかったですし、今でも無いはずです。(固まらないように、ズーッと動かし続けなければなりませんから・・・)
バラセメントをサイロに落とし、下でトラックが受け取り、伊勢志摩地方へ輸送していました。
SWの稼働は、一日に一回程度でした。(祝休日は、ウヤ?!)
トラックは、夜間を除き、頻繁にセメント施設に出入りしてました。
私の家のすぐ近くのレミコン工場へ運ばれ、製品として、ミキサー車に乗せられ、建築現場へ運ばれていました。
Oセメントに関しては、これくらいの記憶しかありませんです。
草々
Posted by AKILIN at 2012年01月27日 21:35
こんばんは~。
宮川のOセメントといえば坂祝の日立25t機ことOD25の出身地ですね。
今では名古屋臨海東港にいるのはご存知のとおり。
因みに同機の新製配置はSセメント朝来となっているのですがどうも不可解な点が多いです。
Posted by 西宮後 at 2012年01月27日 22:43
 AKILINさん、こちらでも遅くなりまして〜〜
 Oセメントがあれですか〜〜 なんか専用線跡はなかったんだけどな・・ まあこの辺は近鉄巡りでも行く予定ですので近い内に再訪問しますです。でも「これくらいの記憶」って・・充分ですよ(笑)。
 Y(繊維)の10トン級〜〜 怪しい機関車のようですね。見たかったな・・

 西宮後さん、お元気ですか?
 そうなんだ、宮川のがあれ〜〜 いつか動くのを撮りたいと思ってますが。で、朝来が新製配置?? なんかややこしそう・・ この辺はお任せします〜〜(笑)。

 ではでは。
Posted by 奥野君 at 2012年01月29日 06:38
おはようございます。12,1月は正月以外一切休日なしで死にかけてましたが今日は久しぶりに休みです(でも風邪気味~)。
Oセメント専用線はAKILINさんの仰る通りで、奥野さん禁断の空中写真(笑)を参考にしたところ4,5枚目の引上げ線が当該専用線の廃線跡のようです。
専用線は汁谷川に突き当たる手前に荷卸し設備(兼SW庫?)があって終点。セメントはパイプラインで川を越え、参宮線をくぐりサイロまで送られていたようです。
Posted by 西宮後 at 2012年01月29日 10:13
前略
小野田セメントは、参宮線をパイプで渡っていた記憶はありません。
SWがサイロまで、送っていたような思い出があります。
まぁ、人間の記憶ですので、間違っていたら御免なさい。
サイロの近くに、SWの待避所があった記憶はあります。
草々
Posted by AKILIN at 2012年01月29日 20:48
 西宮後さん、こんばんは〜〜
 なんかOセメントがややこしくなってきましたね。奥野君がみたのも側線跡とセメントサイロが線路の反対側なもので違うと判断したんです。ちなみに現在のセメントサイロは川の手前側です〜〜 川向こうにも何か設備があったのでしょうね。

 AKILINさん、こんばんは〜〜
 Oセメントは線路のどちら側にあったんだろ。側線跡が駅舎側でサイロが反対なもので。ご教示、お願いしますです。

 ではでは。
Posted by 奥野君 at 2012年01月30日 19:02
前略
私の記憶が、曖昧なので、御免なさい。
線路は、参宮線の北側にあったかもしれません。
で、西宮後さんの言うように北側にSWの屋根付き待避所があり、、そこからパイプでセメントをサイロに送っていたかもしれません。
申し訳ないです。
早々
Posted by AKILIN at 2012年01月31日 09:35
 AKILINさん、こんばんは〜〜
 ありがとうございます〜〜 なんとか宮川駅の謎も分かってきましたです。あんな所にサイロを造るな〜〜(笑)。南側に専用線を敷く用地なんてなかったので不思議に思っていましたです。記憶なんてあやふやになるものですね。奥野君はおじいさんだからしょっちゅうあやふやです〜〜
 ではでは。
Posted by 奥野君 at 2012年02月01日 17:39
こんばんは~。
●奥野さん、ALKINさん
奥野さんの問題提起に始まり、ああでもない、こうでもないとやっているうちに結論が出てきたようで(^ ^)
マイナーな情報でもこうやって話し合える人が見つかるのがネットのいいところですね♪
Posted by 西宮後 at 2012年02月01日 21:02
 西宮後さん、こちらでもおはようございます〜〜
 ほんと楽しい議論でした〜〜 仕事と違って分からなくても誰も迷惑しないですし。まあ結論が出たのが幸いでした。いつか川までたどっていきたいな・・
 ではでは。
Posted by 奥野君 at 2012年02月02日 07:30
奥野様、皆様、はじめまして。
伊勢市在住のあきぽんと申します。

oセメントの専用線の話、盛り上がっていますね・・・!

サイロはまちがいなくoセメントのものです

専用線は写真の引き上げ線であっています。


皆様のおっしゃるとおり

かつては、川の近くまで専用線が延びており、

荷卸のピットがあって貨車から降ろされたセメントが
セメント集塵機で吸い取られ、パイプライン(ベルトコンベヤー?)
に乗せられて、川を渡ります。

この専用線は参宮線が複線化できるようにとってあった用地を
そのまま使用したそうです。
パイプラインの橋台が参宮線複線化の遺構だそうです。


◎セメントの流れ

パイプラインが川を渡りおえたところで、セメントはいったんシューター内で滑り落ち、
参宮線の築堤をくぐる高さまで下がります。

そして、参宮線の下に通されたパイプラインを、
セメントが移動するわけですが

そのとき使用されていたのが、サイロの脇にあった、セメント集塵機です。
この機械によってセメントは吸い込まれつつ、サイロの脇まで
移動します。

サイロまでやってきたセメントは、いよいよ
バケット・エレベータ(サイロの横にある細いパイプのようなあれです)
に乗せられ、サイロの屋上まで向かいます。
そして、エアーの圧でサイロ内へ送られます。

以上が覚えていた内容です・・・
だいぶ昔なので記憶が曖昧ですが・・・(^_^.)

貨車(タキ1900・ホキ5700など)は5-6両、1列車につながっていました
伊勢市駅までの貨物があった頃は、山田上口駅で解放する、横浜ゴム専用線向けの石油タキや伊勢市ゆきのワムやトラなどの汎用貨車と一緒に
つながっていました。
荷が少なかった時は、セメント3車ということもありました。
スイッチャーは三岐通運所有でした。

この専用線は昭和46年ごろ出来たもので
当時はD51がタキやホキを引っ張っていました。

また当時の国鉄貨物は、緩急車が連結されていましたので
このoセメント専用線には、ヨ6000やヨ8000もセメント車にぶら下がって
入線していました。

晩年(昭和61年ごろ)はヨ8000+タキ1900またはホキ5700+ヨ8000
の編成でした。廃止は昭和61年3月末です。

y専用線側は一般の貨物ホームがありましたね♪
ワム・ワラに、国鉄のスイッチャー
そのころy専用線は休止?だったので静かだったのですが
楽しい風景が広がってました^^

長文・内容ごっちゃで失礼しました。
わずかながらですがご参考にしてください。

参宮線はなかなかディープです♪
宮川・山田上口の専用線、伊勢市の機関区向けの石油輸送、伊勢市駅発送のバラスト輸送、二見浦駅に疎開留置されていた車運車ク5000、
鳥羽駅の貨物・志摩電からの中継輸送などなど
キリがありません・・・^^

それでは、奥野様、皆様失礼します。
Posted by あきぽん at 2012年02月11日 10:10
 あきぽんさん、はじめまして〜〜〜(かな?)
 さすが地元の方、詳しい報告ありがとうございます〜〜 これはまたリベンジしなくてはいけませんね。川を挟んだSSって初めてです。離れたところにあるのを見たのも枇杷島だけかな? まあここは四日市の帰りに寄れるので、暖かくなったらリベンジ計画ですね。
 ではでは。
Posted by 奥野君 at 2012年02月11日 19:27
奥野さん、こんばんわ。
返信ありがとうございます^^

離れたところにあるSS・・・
卸ピットとサイロの距離はめっちゃ近いですが
高山本線・飛騨一ノ宮駅のsセメントがあります

宮川のoセメント同様、セメントが線路下を
くぐっています。

専用線・荷役好きにとってはたまらなく魅力的です^^

飛騨一ノ宮の専用線は、専用線の高さ(標高)に対し
サイロやssの構内がずいぶんと低い位置に設置されているので
そういった特殊な事情から離れ業を使ったのではないかと
思います。


枇杷島も懐かしいですな^^
どことなく宮川チックなセメント移送方式だったので
とても好きでした♪

また、宮川駅にお越しください・・・!
それでは・・・!
Posted by あきぽん at 2012年02月11日 22:50
 あきぽんさん、おそくなりまして〜〜
 おお〜〜飛騨一ノ宮〜〜 ここは行く前になくなってしまった痛恨のSSです〜〜 なかなか楽しそうな配置ですね。中国巡りが終わったら今度は北陸巡りの予定なので、楽しみです・・ どうなっているのかな? 
 宮川駅〜〜 もしかすると今月中に行くかも??
 ではでは。
Posted by 奥野君 at 2012年02月13日 06:46
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。