2012年03月26日

北陸線木ノ本駅

 おはようございます、当直明けだけどなぜか元気な奥野君です。昨日寝付いたのは3時なのですが。

 ということで、北陸線木ノ本駅 Yディーゼル0.3km

●撮影日 2011年10月15日

 そろそろ日暮れ。
早く探索しないとわからなくなりそうとついた木ノ本。でもすぐ見つかりました〜〜 
ヤードこそ広場になっていましたが、
引き上げ線が残り、
多分ここが入り口だったのでしょうね。もう一つ0.4kmの専用線が記載されていますが、30年代に廃止されたそれはさすがに分かりませんでした。
多分この道がそうなのかな? 
 それとも保線区になっているヤードから延びていた??
 で、今日の建物はいっぱいです。
北陸線もここまで来ると昔の駅前風で楽しい建物が残ってますね。

 ではでは、ブログネタ旅行は現在中国地方を回ってますが、アップはなぜか新湊に飛びますです。 今日の夜行バスでお出かけなので、明日のアップはお休みですが・・


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この記事へのコメント
奥野さん、こんばんは~。
もう一つの古い専用線が気になって調べております。
こちらは岐阜との県境に近い土倉鉱山の鉱石を索道で木ノ本駅まで運び、貨車に積み込んでました。

因みに索道ができる前は一つ敦賀寄りの中ノ郷駅(ルート変更で廃止、代わりに余呉駅を新設)まで荷馬車でゴトゴト鉱石を運んでいました。
ところが鉱山と中ノ郷駅の間にある峠を抜けるトンネルが狭すぎてネックとなり、昭和初期(?)には索道による木ノ本経由に変わったとか。
索道・専用線跡はさっぱり分かりませんが、土倉鉱山は遺構がしっかり残り廃墟ファンには有名な場所に、荷馬車ルートの狭いトンネルも未だに残り酷険道ファンに注目されています。
トンネルは狭くて長い上に中央部が盛り上がっていて反対側が見通せず、隧道内で軽トラと鉢合わせしてかなり長い距離バックしたことがあります(^ ^;)
Posted by 西宮後 at 2012年03月26日 23:01
 西宮後さん、おはようございます〜〜
 なんと土倉鉱山は残っているのですか・ その上訪問しているとは。さすがこの辺の王者ですね(笑)。鉱山はいずれOナロー模型で作りたいとは思っていますが、いつになる事やら・・ 現在の状況で行ける専用線跡巡りが後数年で終わりそうなので、次のターゲットはその辺かな?
 ではでは。
Posted by 奥野君 at 2012年03月28日 07:28
 
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