2014年01月24日

北陸鉄道大野港駅

 おはようございます、ドラえもんポケットが欲しくなってしまった奥野君です。あれなら必要なものがすぐに出てくるし。奥野君部屋は必要なのに限って出てこない・・

 ということで、北陸鉄道大野港駅 S製紙0.4km

●撮影日 2013年11月24日

 ここは大野港接続専用線ですが、地図を見ると金石駅からすぐに左に分かれています。
分岐部はここかな? 
家の後ろには
いかにもという
空き地。
住宅に占領されていますが、
工場入口は多分ここだったですね。

 ではでは。


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この記事へのコメント
奥野さん、こんばんは。
S製紙専用線まで来ましたね~。
元は旅客線だったのですがあまり廃線レポも見かけないところです。
ここには戦前金石電気軌道がつくった涛々園(とうとうえん)という遊園地があり、金沢市街からのアクセス路線としてつくられました。
戦時中に遊園地は消え、涛々園支線は専用線に転用された・・・とのことですが廃止から専用線化までタイムラグがあるのか即日転用されたのかは不明~。
この辺は製紙会社の社史研究が必要ですかな(笑)

この辺りでは隣の浅野川電鉄がつくった旧粟ヶ崎遊園が有名(?)で、涛々園はいまいち地味な感じでした。それでもいつだったか涛々園の図面が見つかったというニュースがありました。
Posted by 西宮後 at 2014年01月24日 23:10
 西宮後さん、おそくなりまして〜〜

 あらら、涛々園(とうとうえん)〜〜 奥野君も話はどこかで読んだことがありますが、まさかこの専用線がそれだったなんて思いませんでした。粟ケ崎遊園は有名ですね。今回はそこまで行きませんでしたが、10年以上前に覗いた時はもう土手も切り崩され住宅地に。高校生の時にNゲージのバラスト用の砂を求めて自転車で行った時は、妖しさプンプンの廃線跡が続いていましたです。
 でもほんといい時代になったものです。あの頃はバラスト用の砂も、浜辺ですくったものを二種類のふるいにかけてやっと手に入れる時代でした。まあ廃線跡はなくなっちゃいましたが(笑)。
 でもやる気のない『寝たきり老人生活』をしていると、昔のことを思い出してしまいますね。もしドラえもんんがいてどこの時代に行きたいかと言われると、一つは中学二年かな? クラスの男子20名中12名がSLファンで、それが3グループに分かれて毎月SLを追っかけて近畿地方を走り回っていたあの頃。今はどうか知りませんが、あの頃の西宮は『兵庫方式』と呼ばれて高校受験がありませんでした。まあ受験はあるのですが、決まるのは内申書。風邪で受験出来なかった子が落ちたので『受けないと落ちるんだ』と分かったくらい。ほんとのびのびしていました。
 そんな状態ですから、男子も女子もフランクそのもの。『羽交い締めごっこ』なるものがはやっていましたね。女子が男子を羽交い締めして、それから抜け出せるかどうかを競う遊び。奥野君も羽交い締めされました〜〜。そんなもの簡単だと思っていたのですが、奥野君のお相手は背が高くて腕の長い女子。全然歯が立ちませんでした。というか背中がくすぐったくて(呆)。転校して行った金沢の女子はほとんど『お澄ましさん』ばかりで、そのコントラストに唖然としていました・・
 って、何を書いているんだか(爆)。

 ではでは。
Posted by 奥野君 at 2014年01月26日 09:12
 
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